
2024年の技能グランプリ
過去に何度かウェイターのコンテスト挑戦の記事を書いたことがあります。
(「レストランサービスのコンテストの結果がでました」、「技能グランプリでの敗北【劣等感とオリンピックと挑戦】」)
前回、2021年にまたもや3位に終わり、もうこれで終わりにしようかと思った私。
でも、このまま終えたら後悔するだろうと、もう一度挑戦しようという気持ちになっていました。
すると驚くことに2024年の全国技能グランプリの会場が、地元北九州市に決まりました。
「これは、出場するしかない!そして優勝するしかない!!」
そう思っていたものの、新店舗をオープンし、色々と新しく動いた1年間、勉強する時間もなかなか取れず、モチベーション維持が一番難しかったです。
それでも決意して、エントリーし、勉強を続けていました。
しかし・・書類選考(小論文含む)で落ちてしまいました。。。
落選
実は、今回の大会には北九州市のホテルに勤務している方も数人エントリーしていることを耳にしていました。
過去の大会の決勝では、九州はもちろん関西以西からのサービスマンは、本当に出会うことは稀で、ほぼ常に私1人でした。
10年以上挑戦している47歳の私は年齢で弾かれるのではないかという不安がありましたが、地元開催だし、なんとか選んでもらえるのでは?という期待があったのですが、落とされるかも・・・という不安に変わっていきました。
そして、結果通知は落選。
前回のブログ記事では、
若手選手にとっても、3位にしかなれないおっさんがずっと邪魔するのも良くないと考えるし、うっとうしいとも思われるだろうなとか考えます。
一番、精神的につらいのは、(過去の優勝者は審査委員となって運営側に回っていらっしゃるのですが)、出場するたびに一緒に戦った仲間に審査員としてお会いすること。
と書いていましたが、さすがに40歳弱くらいの方々が主な年齢層の大会に1回りくらい年上の私がいてはいけません。
今回落選した理由の1つに年齢もあるだろうなと思います。
地元開催で、いつものように福岡はおろか九州勢のエントリーがなければ、まだ選ばれていたかもしれませんが、今回は北九州市のホテルから私より若い方がエントリーしていたので、そりゃー、私が選考者だとしてもその方を選ぶでしょう。
※選考基準は全く不明なので、年齢は私が勝手に邪推しているだけです。単に今回の私の小論文の出来が悪かっただけかもしれません。
挑戦の終了
次もエントリーするぜ!なんて言うのもカッコイイですが、コンテストで戦うのはもちろん、エントリーするだけでも結構神経をすり減らします。
実際、今回も選ばれるかどうか分かる前から、いえ、申し込みを提出する前から、勉強など準備は始めていました。
もう、次の49歳か50歳の時点で出るのも、過去最高年齢になるでしょうし、30代の方からすると本当に邪魔なだけです。
また、たまたま選ばれてしまっても、前途ある30代の方が出るはずだった枠を奪うわけで、業界のためにもよくありません。
何より、今回を最後にしようと思っていた私の気持ちが、もう一度、二、三年後にエントリーしようという状態まで回復できないような気もします。
なので、
これをもって、2008年に始まった私のウェイターのコンテストへの挑戦を終わりにします
2008年から2023年まで。ちょうど15年。今気づきましたが、人生の三分の一ですね。
スポーツ選手の引退のように、後悔がないとか燃え尽きたとか言えません。
きっと、私は一生、3位にしかなれなかったことを背負っていくことでしょうし、最後の大会は決勝で戦うことさえできなかったと思って過ごすことになるでしょう。
でも、そんなのも私らしくて良いのかもしれません。これで挑戦は終わりです。
業界に感謝
地方都市のホテルでたった5年弱しか働いたことしかなく、20代で独立してしまって、当時はコンテストなんて、東京の有名ホテルの人が出るもんだと思っていた若造が、ふとしたことからコンテストに出場し、2011年に初めて全国3位にもなれたのは嬉しかったな。でもそのあとの3度の3位は悔しい気持ちばかりだったなぁ。
こんな経験ができたのは、広島の地方ホテルでも勉強をしていたウェイターの先輩方がいてくれ、シェフがサービスを重視してくれた環境が大きいですし、ホテル退職後、働いたことのない実家のある土地で、いきなり独立してしまった私を支えてくれ、尊重してくれた周囲の皆様のおかげという気持ちでいっぱいです。
俺って凄いという気持ちがゼロというと嘘になりますが、ほとんどなくて、逆に俺って凄いの気持ちを今でも10%くらい持ち続けていられたなら、3位で終わらず、もう少し上の順位を獲得できていたのかなぁ、いつからか「野望」という言葉を使わなくなったなぁと、これを書いていて、急に思いました。
どっちが良いのか分かりませんね。でも、まぁ、本当にこれで終わり。
皆様、本当にありがとうございました。
もちろん、これからも一人のサービスマンとして、経営者としての挑戦は続きますので、応援、ご指導のほどよろしくお願いいたします。
・・・20代で仕事をやめて地元に帰ってきて、実家に住んでいきなりコンサルとして独立するのを何も口出しせず見守ってくれた両親や、そんな無職同然の私と付き合い始め、結婚までしてくれた妻には、優勝して恩を返したかったなぁ。
やっぱり悔しいや。